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そして父になる

カテゴリ カテゴリ: 観る



あれって、ラストは結局、観客の解釈にゆだねたってことでいいのかしら……


実話の方だと、本当の親子が暮らしていったんですよね。

フィクションにするにあたっては、別に実話どおりにする必要もないので、この両家族はどういう結論に達するのかなということに注目しながら見てました。

が、やられた……(^_^;)


良多(福山)と父の後妻との関係、子供を取り換えた犯人の看護師と連れ子の関係で、“血はつながっていなくても家族にはなれる”という前ふりがあったので、モトサヤに戻ったのかなとも思ったけれども、

でも、あの前ふりって、私が思ったことととは逆に、最初は他人のようにギクシャクした関係でも、時間をかけて向き合えば本当の家族になれるという解釈もできるんですよね。
つまりは、慶多だろうが琉晴だろうが、両方の両親にとって、どちらの子だろうが家族になることはできる。要は、血ではない。
それは、取り換え子だったときに証明されただろう。ってことなんだろう。
でもって、父親が再婚して血のつながらない母親と子供が暮らすパターンを持ってきて、生まれた時からでなく途中から育てた子供でも、ちゃんと親子になっている人もいるってことを表しているのだろうし。

まあ、ちゃんと子供と向き合うことができれば、だろうけど。
まずは大人が子供と向き合って、子供を良く見て、それによって子供の方が少しずつ心を開いていく、のかなあ……
大人というか、親の役目?
心を開いてくれるのはいつになるか分からないけど、それこそ何十年とかかるかもしれないけど(^_^;)、大人は諦めちゃいけないってことで。

……難しいですよね、うん(^_^;)

映画では、双方の子供が、育ての親の方に執着したけど、そうじゃないパターンもあるし。
実際、血がつながってても兄弟同士での親の取りあいもあるし、親の態度によってはひねくれるし(^_^;)


だから、まあ、逆もしかり、ですよね。
(血がつながらないからソリが合わない。血がつながっているのにソリが合わない)

他人だからこそ上手くいく。
血がつながっているから許せない。ってのもありますよね。

それも含めて、要は血じゃない、っていうのがこの映画のテーマなのかなと思いました。


この映画に限って言えば、観客がどちらをとっても、この両親と子供たちは幸せになれるだろうっていうことを感じさせる。
どちらの家庭が良いのか、どういう子どもが良いのか、そういった優劣を映画(監督)ではつけない。
そういう作りになっているんじゃなかろうか。
それが監督の狙いだったのだろう。




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日付2015.02.10 14:32 | コメントComment(0) | トラックバックTrackBack(0) | 編集EDIT

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